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問われる日本のエネルギー将来像


曽田です。

元記事:ウォールストリートジャーナル 日本語版
問われる日本のエネルギー将来像(1)(2)(3)

-----------------------(記事転載)-----------------------------
福島原発
東日本大震災が発生して、早くも1カ月余りがたつ。日本の現代史に深く刻まれたこの悲劇は、さらに不幸なことに福島原発の壊滅的な事故を伴った。この原発事故は国民に大きな衝撃を与えたばかりか、燃料資源の乏しい我が国のエネルギー問題となって重くのしかかることになる。しかしながら、希望を捨ててはいけない。今こそ日本のエネルギーについて国民的議論を深め、その将来像を描く大きな転機とすべきである。

原子力発電のリスクを国民が目の当たりにした今、原子炉の更なる増設を語ることは容易ではない。また事故だけではなく、放射性廃棄物やウランの輸入依存といった難題が原子力発電には付きまとう。しかし電力の安定供給という実利は大きく、原子力発電を「今すぐ全て撤廃するか」、「更に推進するか」という単純な二項対立は生産的とは言えない。その上で個人的な考えを述べるなら、「既存の原子炉の安全性を極力高めつつも、それらへ依存するのではなく、段階的に原子炉を減らせるよう代替手段の開発と省エネに時間をかけて注力する」という方向へ、エネルギー政策を転換することが望ましいように思う。

 それでは原子力を代替し得る電力をどのように作るのか。

(途中省略)


こうして「何があっても倒産しない」という神話にたとえられるように、電力会社は肥大化した。しかし衆知の通り、福島原発の事故によってその根幹が大きく揺らいでいる。事故対応費や賠償金の総額は東京電力の総資産を超える可能性すらあり、経営陣は何らかの形で事故への責任を取らされることになるだろう。だがそれだけでは、根本的な問題は解決しない。
 そもそもこういった構造を生み出したのは、エネルギー政策をつかさどる行政に他ならない。そして監督省庁から電力会社への天下りが繰り返された過去は、周知の事実である。この結果、行政による電力会社へのチェックアンドレビューは機能不全に陥った。

 この現状に対し、事態の収束後には政府と国民の手によって新たなエネルギー政策が描かれることを期待したい。そこで何よりも重要なのは、この硬直化した電力産業と行政の構造をひも解くことにある。そのために最もパワフルな手段は、電力の自由化促進である。

 電力には発電・送電・配電という3つの機能があり、現在は電力会社によって実質的にほぼ独占されている。このうち「送電(網)」は交通や物流でいう「道路」と同じであり、最も重要なインフラだ。仮に発電事業に新規参入しようとも、送電網を電力会社が独占している限り、自由に顧客に電力を届けることが出来ない。従ってこれを機に送電網を国有化し、発電事業者に対して安価に貸し出すことが出来れば、多様な発電手段を持った新規参入者が拡大することになるだろう。

ソーラーパネル

(途中省略)

日本はその歴史において無数の国難に遭った。しかし危機に屈することなく、むしろそれを繁栄の糧とすることが出来たのは、「維新」と呼ばれるように社会の大転換を成し遂げたからである。そして現在の震災と原発事故、更には停滞する経済・政治・国際情勢も含め、日本は大きな転換期を迎えているように思う。

 本コラムに記した内容を全て実現するとしたら、きっと多くの困難が待ち受けており、長い時間がかかるだろう。しかし今もっとも大切なことは、理想を持って現実の問題を解決し、未来を創るという姿勢だと考える。また場合によっては、既存の仕組みを根幹からさっぱり切り変えてしまうほどの柔軟な発想も必要だ。

 福島原発の事故・廃炉処理は、その後、長期にわたると言われている。それらの費用や放射能に汚染された自然は、確実に未来の子供たちへのツケとなっていく。次の世代の子供たちが生まれ育った時、私たちが残した放射性廃棄物や廃止された原子炉を見て、彼らは一体何を思うだろうか。少なくとも私たちの世代は、このようなことを再び繰り返してはならない。

 そして残念なことに、これに限らず現代の日本は財政赤字や年金問題など多くの問題を先送りし続けている。しかしそれをいつまでも許していては、いよいよ国がもたない。「問題はいま解決し、次の世代に先送りしない」という強い決意で現実に臨むことこそ、未来の子供たちに対して私たちが果たすべき責任ではないだろうか。
風力発電
-----------------------(ここまで)-----------------------------

原子力(原子核分裂反応)というパワーは、人類が手にした中で最も大きいパワーだと思います。

太陽で起きている反応を人類も手にすることができた。
(正確には太陽は核融合で、発電に使っているのは核分裂なので、全く異なる反応です。しかし原子核ができたり分裂したり、原子核そのものの変化により、エネルギーを取り出すという点では同じということで)

アトミックパワーで、鉄腕アトムも大活躍!


昭和のチェリノブイリ事故までは、原子力の称賛傾向にあったように思います。


しかし、その大きすぎるパワーの代償として、

「放射性物質」という生身の人間には近づくことすらできないものを生み出してしまう「原子力発電」

今の原子力発電所は、想定しうる問題に対して予防策をはる予防技術しか持たず
(その予防策は、2重3重、いや 8重にも9重にもはられ、それがために原子力発電所では事故が起きないという立脚点に立っています)

その為、予想を超えた事態が発生した場合の対処は、十分でないのでしょう。


燃料棒の原子核分裂反応を瞬時に止める技術や

放射性物質をたやすく中和
(宇宙戦艦ヤマトの放射能除去装置(正確には放射性物質除去装置か??)のような技術)

する制御技術が見つからない限り

原子力発電はやめるべきだと思います。

制御できない技術を使ってまで発電する危険を冒すべきでない。

このコラムにあるように、電力供給に自由な経済競争を認め、
小さな発電プラント(太陽光、地熱、風力、水力 など)の成長を促すことが、今の日本のすべきことだと思います。


以上




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[ 2011/04/18 10:20 ] LED記事 | TB(0) | CM(0)

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